1963年、スタン・ゲッツとアストラッド・ジルベルトは「イパネマの娘」をこの世に生み出した。
そして1982年、村上春樹はイパネマの娘に出会った。いや、「出会った」は間違った表現ではないだろうか。なぜなら、村上は自分の空想の中でしかイパネマの娘に出会っていないのである。
そんな空想を綴った「1963/1982年のイパネマの娘」。さて、このエッセイを読んで、村上の空想を辿って、テーマの形而上学の話でもしてみようじゃないか。ところが、「1963/1982年のイパネマの娘」では他のところに私は惹かれたのだった。
ベースはちょっと弾ける程度のミュージシャンなのだが、最近はジャズコンボに入ってリアル・ブックに載っている楽曲を大学のオリエンテーションで20曲ほど演奏していた。今はほとんど覚えていないが、特に気に入った曲に「イパネマの娘」がある。そして、ジャズ楽曲が多数登場するという小説を書いた村上春樹の「1963/1982年のイパネマの娘」というタイトルに興味を惹かれたのだ。
「イパネマの娘」を聞くとき、あるいはその鼻歌を歌うとき、いつもボーカルの悲しげな雰囲気に連れられてあれこれ想像してしまう。その空想はどんなものか、自分は言葉にできる自信がない。しかし、村上はそれができる。その言語化された空想を「1963/1982年のイパネマの娘」で読んだとき、まるで私自身の想像を代弁されたような気持ちであった。
- 私はイパネマ娘に出会ったんだな
- ビールは飲まないけど、なんやかんや彼女を食事にでも誘ってみたいものだな
- 2023年なのに、1982年の彼女――いや、1963年から全く変わっていないな
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